社畜精神は子供の頃の名残り?大人になることと自己犠牲は別問題。

おはようございます。

今日は花粉がひどい。

くしゃみしすぎて酸欠状態になってますわ。

お陰で眠い。

だれか私の鼻にフィルターかけてください。

それかもぎ取ってほしいと願う

今日この頃の佐藤です。

早速表題の件ですが

私が会社員だった頃の話を聞かれ、話すと

「俺もそんな感じだよ!

むしろ俺の方がー…

俺なんかー…。」って

聞いてきたのに話題がそれるんですよね。

不思議なことに、社畜な方々は自分が社畜である自覚があり、

その状態が自分にとって望ましくないとはわかっていても

どこか誇らしげに思ってる部分があるんですよね。

まさしく不幸自慢と苦労自慢のオンパレード。

なんかこの会話のパターンどっかで味わった覚えがあるなーって

思ってたら、ついに思い出してしまいました。

小学生からヤバイ体験自慢していませんでしたか?

「は?俺の方がヤバイし!!」

大学時代、テスト前に

「俺なんか昨日、急遽バイト入って勉強できんかったし!」

なんていうセルフハンディキャップのセリフ、聞いたことありません?

むしろ、言ったことありません?

かと思えば会社で不幸自慢・苦労自慢する人に限って

「大人になれば、やりたくもないことを

やらなきゃダメなんだよ。」って言い張るんですよね。

あれ?子供の頃から同じセリフ言ってる人が

まるで自分が大人になったかのように言ってる。

大人なの?子供のままでは?

これについて考えていきたいと思います。

行動パターン

仕事では必ずと言っていいほど、

結果が求められます。

社畜精神旺盛な方は

嫌なことに結果を出すために

日々、嫌だと思いながらも仕方がないと、自分を押し切り

営業なり、作業なりの仕事をします。

それが評価されて昇進していきます。

これって、まるで中学校のテストとかと同じじゃないですか?

義務教育で望んでもない授業の単位を取得するために

日々、嫌だと思いながらも仕方がないと、自分を押し切り

授業なり、ドリルなりの勉強をします。

それがテストで点数化されて進級していきます。

高校以降は入学するかは選択式なので

少なくとも自分に選択肢があります。

特に大学以降は専攻科目も決めて

学ぶ自由を謳歌している、という名目のはずですよね?笑

(ここでも社畜精神を披露してる人もいますが。)

中学卒業してからは自由が垣間見えてるのに

就職してからはまた中学生と同じ生活パターンに戻ってるんです。

これが大人になるということなのでしょうか。

同じ状況に身を置き、同じような発言をする。

すこし無理がありません?

働くことについて

ここ最近

働き方改革という言葉を目にしない日は

ほぼ無くなりましたよね。

給与形態や出勤形態が見直され

「同一労働 同一賃金」を掲げています。

先ほどの不幸自慢を思い返してみると

同じ基準が全くないんですよね。

会社が違えば基準が違うのはもちろんのこと、

部署内でも同じ基準があるとは思えません。

部署内の人が全員クローンでない限り、

疲労の感じ方、体力の消耗の仕方も違いますよね。

絶対的な尺度がないからこそ自慢し合い、

決着がつかないままお互いがモヤモヤして終了。

こんな解決されない事をいつまで悩み続けるのでしょうか。

大人であれば、そこから解決方法を見出して

改善の道を辿るのが大切ではないでしょうか。

仕事もそうでしょう。

より良くすることを考えなければ

継続性は失われます。

なのに、その犠牲に自分を投げ出すっていうのは

人件費などの費用に関する認識が甘いのではないかと思います。

社畜精神の自慢をやめない限りは働き方改革なんて無理でしょうね。

このスパイラルから抜け出すためにも

もっと、自分があるべき大人像を

想像力豊かに描き

今一度自分を見直すべきではないかと思います。

社畜はそんなことしてる時間はないって言うんですけどね!

今日はこの辺で


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