小説あって大説はないの?評論文の正体とは

書評

国語のセンター試験対策のとき聞いた話

センター試験の問題内容は

・評論

・小節

・古典

・漢文

の4つがありますが

評論の正体を知ってますか?

評論家っていうくらいだから

レビューすることのように思えますが

全く違います。

早速表題の件ですが

評論は昔、大説と呼ばれていて

その対極にあるものが小説でした。

経済学の要素を用いていえば

小説はミクロ視点のメッセージを扱い

大説はマクロ視点のメッセージをテーマにします。

小説とは

ストーリーの形式を用いて

個人レベルの哲学や思想、美徳を書き表すものです。

私の好きで好きでたまらない、

ブログ名「Bite the cane」の元ネタでもある小説『舞姫』は

主人公が
「最愛の人へ愛情」と「名誉と出世」

の二択を迫られ、

友人のおかげで「名誉と出世」が手に入り感謝している反面

その友人に最愛の人を失った憎しみを抱くという

目的と犠牲のジレンマを描いた作品です。

なかなかこんな究極の2択を迫られることはないですが

この小説を読むことで疑似体験ができて

自分の美徳や正義感を確認して

自分の中の最善策として納得できる決断がしやすくなるでしょう。

こういった個人の問題を扱うのが小説です

大説とは

国家や社会のあり方について書かれています。

具体例を用いてわかりやすく説明しながら、その具体例を抽象化した文章構成をとります。

学術的なものが多く

すこしは聞いたことあると思われるところだと、

四書五経や自由論、資本論などが

この大説・評論のことです。

どっちが読みやすいのか

「私は小説か得意で、評論で点がとれる意味かわからん」

ってセリフ聞いたことありませんか?

小説と大説の違いを知っていると

どっちが簡単とか関係なく

テーマが複雑な文章の方が難しいっていう

国語のテストとしての難易度の問題なんですね。

(そりゃそうか)

小説は個人の問題を扱うので共感しやすいので理解しやすいと思いがちですが

はっきりと言い切らず

常にストーリーというフィルターかけながら

文章全体でメッセージを伝えます。

大説は社会や国家といった抽象的なテーマを扱うので

共感しにくく、親近感がほぼないでしよう。笑

これが拒絶反応や眠気などの評論文アレルギーの元だと思います。

そのかわり「つまり、」といった接続語でメッセージをはっきりと言い切るので

直接的に書いてはあるんです。

あとは因果関係をつかんで

作者のたどった道筋をつかむだけなんですが

それが上手くいかない人が多いようですね。

とはいっても

評論文が大説なんて呼ばれてたのは

明治時代のことですから

そんなもん知るわけないって思うでしょうが

高校時代に知っていれば

もうちょっと良い成績とれたかな、

ってちょっぴり悲しくなりますよね。笑

ちなみに佐藤は知っていながら

良い成績なんて取れなかったですけどね!

今日はこの辺で。


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