フリーターやアルバイトほど夢のある状態はないのかも!って思えるかもよ?

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一般ピーポーがこれを読んだら、

会社を辞めて社会から逃げた、

夢想家な25歳の若造が、なにデカい口を叩いてるんだと

批判を浴びそうですが

敢えて言います。

私から見たら一般ピーポーは

考えるのを止めた先入観の塊にしか見えません。

そういう人に頭ごなしな扱いをされると

「自分は補足説明がいる人生を送ってきたものだなぁ。」

と痛感させられる今日この頃です。

しかし今日はとても背中を押された気分で嬉しい。

早速表題の件ですが

今日の茂木健一郎先生の

仮説力を持とう」からの参照です。

世間では、なぜか、「組織」に属することが「進路」だと思っている(間違った)常識があって、だから、就職でも、進学でも、とにかく何らかの「組織」と「形式的」に関わることが唯一の「進路」だとみなす傾向が強い。

ここでいう、仮説とは

個人の夢や目標、ライフワークのことを意味しています。

会社などの組織に属さずに

個人のライフワークを推し進めることに対して

世間は納得しにくいです。

組織と形式的に関わることが進路としか

認識していない人々は

自分に対する問いに対して

自分の答えを考えもせず、

世間が望むような

模範とされている答えを

あたかも自分の答えのように口を揃えて掲げている

これは就活狂想曲と全く同じことではないでしょうか。

アニメーション「就活狂想曲」

この考えることを止めた一般ピーポーを

模擬先生は「無思考な世間」と表現しています。

そんな無思考な世間からの頂く

心ない言葉に傷つけられることもあります。

自分を疑い、見直してみる。

あなたも無思考な世間の一人にはなってないですか?

自分の本音を隠してませんか?

むしろ自分の本音に気づいてない可能性はありませんか?

今の生活に少しでも不満があるなら

自ら改善してみることから逃げていませんか?

私自身、進路に関して考えるとき、知人に思うことは

世間や大多数の意見を集めることで

レッテルを貼り、それが全てかのように

わかった気になってしまう人が多い気がします。

レッテルを貼ることはある種の諦めにつながり

考えを更新するための材料を探したりすることをやめ

結局いつしかの思い込みのまま考え直すことをやめてしまうことにつながります。

まさしく先入観です。

収入を得る正当な方法が会社に勤めたりすることしかないかのように

一斉に就活活動を行いますよね。

その情報を更新しないままでいるからこそ

フリーターやバイトをしている人をみな、

社会から逃げ出した弱者だとか

「耐えきれなかったのでしょ?」

というレッテルで捉えてしまいます。

いいえ、あなたの理解が乏しいだけではないでしょうか?

ラベリング理論

実はこのレッテル貼りは1960年代に社会学者であるハワード・ベッカーの

ラベリング理論で説明されています。

逸脱というのは行為者の内的属性ではなく、周囲のラベリング(レッテル貼り)によって生み出されるもの

ちょくちょくテレビ番組でも紹介されているこの理論ですが

スタンフォード監獄実験がもっとも有名です。

学生に看守役と囚人役を2週間演じさせる実験なのですが

この役こそがレッテルです。

看守役は自ら囚人に罰則を与え

日に日にエスカレートしてきました。

囚人役は心理学の実験にもかかわらず、

看守役に屈服せざるを得ず、無抵抗になり

精神的に追い詰められる人もいたそうです。

この実験は6日で中止され、

もっとも邪悪な実験とも言われています。

(実験の信憑性に関して賛否両論あり。)

社会は日々変化し続けている

なんていう陳腐な言葉を使いたくはありませんが

事実、働き方改革をはじめ

個人にまで社会の変化が感じられるようになってきました。

正義は立場によって異なるように

正しい理解というのも時代によって異なるのでしょう

常に議論されるべき問題があるように

常に自分の「知っている」を疑い

「今」の情報にアップデートしなければなりません。

それを怠っている人が

自分の古い情報で人を傷つけることがあってはなりませんから

自分の知識を疑ってください。考えてください。

独立した情報を得てください。

と声を大にして世間に説きたい25の夢想家でございました。

今日はこの辺で。


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