最近は真面目の敷居が低くなってる気がする件。

佐藤の奇行

真面目って言葉について

好きなツイートがあって、

早速表題の件ですが

「真面目に勉強したのに試験落ちた。」

「真面目に働いてるから文句言われる筋合いない」

「真面目に働いているのに報われない」

というような愚痴を

吐いている人いませんか?

真面目じゃない人でも

試験にも受かっている人はいるし

仕事もうまくいっている人もいる。

冒頭の引用にものように

真面目であることが正しい

なんて保証はないし、

証明もできない。

真面目にミスを犯すこともあれば

真面目すぎるがゆえに

厄介なこともある。

本来、真面目かどうかなんて

他人が評価することである。

誰もが認める真面目さ

以外に有り難さはないものである。

まじめを自称することで

いかに自分に甘いかを思い知ることにも繋がるとも考える。

真面目=正しいではない

真面目にやることが正しい

とは言い切れない。

まじめに、

マニュアル通り、

例年通り

慣例に従うだけなら

思考停止に近い状態である。

正しいか模索しながら、

より良い状態をめざす姿勢の方が

好ましいのではないだろうか。

まじめが普通であるかのように

他人と正確に比較しているわけではないのに

やたらと

「自分はまじめにやっている」

と確信を持ってる人もよく見かけるが

あくまで主観でしかない。

誰もが真面目ならば

真面目さに優劣をつけることは

できないだろう。

形容詞は比較されるから存在する。

美しいという形容詞は

美しくないものがあるからこそ

それを美しいと思えるのである。

それと同じで

真面目じゃない人がいるから

誰かが真面目と称されるのである。

冒頭の

「まじめに勉強したのに…」

という人は

真面目であったかもしれないが

それは正しい方向性ではなかったと言える。

多くの人が思う

真面目=正しい

という仮定にのっとれば

試験に落ちている時点で

正しくはないのだから

まじめではないことになる。

苦労自慢のように

よく自分の方が仕事頑張っている

などと仕事の話をすると

必ずと言っていいほど

自分がいかに過酷な状況にあるかを

自慢する人がいる。

さらには給料少なくても我慢してる

俺すごいだろってやつもいる。

比較しようがないのに。

苦労してるのに給料安いなんて

とてつもなください。

この話題は正確に比較しようがないから

いつも自然消滅する。

これと同じで自分が真面目かどうかなんて

基準となるものがないのだから

結果がすべてになる。

そもそも、真面目かどうかなんて

他人から評価されることであって

自称することではない。

なんてね、

すこし、考えてみた。

今日はこの辺で。


コメント