愚痴から学ぶなりたい自分の見つけ方

佐藤の奇行

ブログを更新してない間に

気づけば冬になりましたね。

夏はチャンピオンのTシャツを

冬は同じくチャンピオンのパーカーで仕事しております。

まさしくこんな感じ↓

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スーツを着ずに仕事できるのはとても幸せです。

一線画した働き方をしていて思ったことがあります。

「最近かっこいい大人っていないな。」

スーツもまともに着こなせない大人や

マナーの悪い大人がやたら目につきます。

そいつらが社会を語り始めるから厄介なんです。

さて早速表題の件ですが

昔から

「人のことバカにしすぎ」だとか

「人のことをどこかで見下しているでしょ?」

ってよく言われます。

幼い頃から、物事にのめり込むタイプだったこともあり

他の人よりできることが多かったんですよね。

それ故、天狗になっていた時期もあり、

見下していることがバレてることを

ものすごく反省しています。笑

今でもこの気はあるようで

気をつけてはいるんですが

思っていることは滲み出てしまうようですね。

世間では誰にでも尊敬できる点や長所はあるのだから

それを見るようにしなさい。

なんて言いますが

綺麗事で完遂できれば誰も困りはしませんよね。

苦手な人には近づきたくないし、

こういった一次感情は

誰しも持っているものですよね。

だからこそ、ここで精一杯の言い訳をさせてください。

人の振り見て我が振り直せ。

これに尽きます。

苦手な人、嫌いな人には

自分なら、その人のようなことをして

人を困らせたくないと、

抽象的に問題視できるわけですよね。

愚痴を発生させる人は

自分がなりたくない点を

持ち合わしている反面教師です。

この性格や相性の面を能力に置き換えると

欠点の真逆に位置するものが何かを考えて

自分に足りない点を探すきっかけになり得ます。

私の好きな古美門先生の言葉で

物事は捉えよう

「醜さを愛せ!」ってセリフがあるのですが

その通りです。

強欲だったり、傍若無人だったりと

かっこ悪い仕草や振る舞いは無限に存在します。

逆に、誰もができるようなかっこいい仕草や振る舞いは

極わずかなのですから

そんな稀少なものを探すよりも

身につけたくない仕草や振る舞いを

選別したほうがより自分らしさを得られると思います。

自分が嫌だなー、って思えるようなことを

目の前で見せてくれた人にはむしろ

感謝しなければなりません。

なりたい自分像の精度を上げるチャンスなのですから。

そのチャンスを愛さなければ

いつの間にか自分が醜い大人になっているかもしれません。

過渡期を感じる今だからこそ

働き方改革やら、〇〇ハラスメントやら

「ハラスメントハラスメント」なんていう言葉なんかも

出現している今日は

社会的な変化が起こりうる

社会的な過渡期だと言われております。

一世代前なら、当たり前だと思われていて

誰も文句を言われなかったことでも

今では法律に引っかかったり、命を落としたりしているのですから

常識や慣例が、通用しない世の中になってきました。

多様性がテーマになっている今だからこそ

自分の理想像や

こうはなりたくないというイメージを

自ら見出し、自己実現する必要があります。

だからこそ、醜さを愛し、愚痴から我が降り直す。

っていう佐藤なりの言い訳です。笑

今日はこの辺で!

 

 

 

 

 


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