人間関係ができること。

佐藤の奇行

新しい環境に身を置き続けていると

いろんな人に出会う。

コミュニケーションをとろうと話題を出しても

「私、それ興味ない。」

って露骨に断言する人っているんですね。

コミュニケーショでさえ

作業的にしか行えない人もいますね。

コミュ力(りょく)おばけ

である私からすると

かわいそうとまで思ってしまいます。

この姿勢を貫いていると

永遠に自分の知っている世界の中でのみ生きていくことになり、

もっといえば、自分の限界を自分で作ってしまうことでもがあると思います。

早速表題の件ですが

知らないことを知る機会を作り出せるのは人間でしかないと思っています。

その上で、少しでも気になることを誰かと行う機会というのは

そこに存在する人間にしか作り出せません。

これが面白くて仕方がないんです。

「たまたま喋ったあの人と、まさかこんな付き合いになるなんて」

って経験少しワクワクしません?

人間同士だからできることをしないと

人工知能と比較して、あなたが人間である必要がないかもしれません。

既知のこと、新しいこと。

インターネットの普及で

調べることは簡単になりましたが

考えること自体は簡単にはなっていません。

むしろ調べただけで知った気になって、覚えもせず

考える機会が少なくなってるといってもいいでしょう。

既知のことをより詳しく、簡単に、

わかりやすく知ることができて、より楽しめるようになりましたが

自分が知らない、おもしろいことには、なかなかたどり着けない。

なんか楽しいことが起きないかなと

受け身になって

新しいことには飛び込まない。

自分の知っている世界でしか生活しない。

そんな生活を送っていませんか?

私の好きな言葉なのですが

この名言にもあるように

自分の知っている世界だけで生きていては

新しい選択に悩むことなく、

もっと言ってしまえば

新しい選択を見つけることもなく

毎日を淡々と過ごしてしまいます。

これが自分の生きた通りに考えてしまうということです。

この新しい選択を見つけること

これは互いに感情を持つ人間ができる御技ではないかと思います。

今やamazonのおすすめ商品の提案でさえAIやプログラミングで行われているわけで

ただただ、需要に応えるだけであれば人間に任せる必要はないのかもしれません。

じゃぁ何ができるか。

冒頭でも述べているように自分にとって全くもって新しいことは

よっぽど好奇心か行動力が強い人でない限りは

人間関係からしか生まれません。

だから人生に憂さを感じているならば

人の話を聞いて、少しでも興味があれば乗っかってみる。

それが人生に変化をつける一つの手段だと思います。

逆に考えて見れば、自分も楽しことを人に提案してみる。

そうして乗っかってきた人は今以上に仲良くなるでしょう。

会話も増えて、コミュニケーション能力も養えるでしょう。

そうして感情が豊かになって

自分が何を望み、何が好きなのかがはっきりしてくるでしょう。

昔どこかで聞いた話なのですが、外国人から見ると

日本人はロボットのように勤勉に働いているように映るようです。

これを逆に言えば

人間がロボットの様に定められたようにしか働いていないことです。

人工知能が含まれていない限り、プログラムは自分で進化、進歩しません。

決められた手順を定められたようにしかアウトプットできないんです。

これじゃ人工知能に負けますね。

そりゃ人工知能に職業奪われてもおかしくないです。

もっと楽しく生きたい、自分を知りたいなら

どうしたら自分が自分らしく

人間らしい生き方ができるか。

ここから考えて見るのもいいですね。

今日はこの辺で。


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