感覚は変わるもの。嫌いなことでさえ、好きになる選択肢は存在して、好きなことをずっと好きでいるとは限らない。

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今回は少し自分語りをしたい。

もちろん主題はあるが、最後に書く。

(早く知りたい人は最後の太字から読んでください。)

私は両親が嫌いだ。

苦手な人 第1位といっても過言じゃない。

私が今、友人とシェアハウスしてることは伝えてあるが

その住所も、

文具メーカーを退職したことも

今、何をして生活をしているか

なにも伝えていない。

それほど嫌いな両親でも

(産んでくれたことを感謝しろよ、などの意見は受け付けない。プロセスや条件を知らずに常識とやらを押し付けてくる人は読まなくて結構。)

悔しいことに、感謝していることが1つある。

ピアノを3歳から16歳まで私に続けさせたことだ。

もう一度言う。続けさせたことである。

続けさせてくれたことではない。

約13年間、イヤイヤ続けていた私を途中で辞めさせることなく続けさせたというレアなパターンである。

自分の人生に気づいたとき

この言葉以外で、その時に合う言葉が見つからない。

大げさではない。

私が高校生になり、ピアノのレッスンにも通わなくなり、大学進学の受験勉強を意識し始めた17歳の冬。

ピアノを習っていたころの知人から、

どうしてもと、演奏依頼があり

クラシックとアンコール用の曲の2曲を依頼された。

家で練習できる時間が圧倒的に少なかった私は

通学中に課題曲をある程度耳コピし、

授業中と休み時間もずっと

楽譜を見ながら曲を聞いていた。

もちろん、授業中にそんなことしていたら怒られる。

そうならないように、ピアノが弾けない夜中に

次の授業の予習をして、文句言われないようにまでしていた。

幸い、私の通っていた高校には

いつでも弾いていいピアノがあった。

放課後にそのピアノにかじり付くように練習していた。

練習に飽きると受験勉強をし、

勉強に飽きたらピアノを弾くの繰り返しだった。

この演奏だけで別の演奏依頼も同時にいただき、

初めて自由に弾く楽しさを覚えた。

今まで押し付けられて身につけた技術や知識が

自由に使える技になったような感覚である。

特に、クラシックのように決められたように弾くのではなく

即興やアレンジの部分で、経験が活かせること気づき

最高な幸せを感じた。

このとき、演奏家への道さえ考えたほどだった。

16歳までの我慢とも言える反動が

今でも私のエネルギー源になっている。

決して演奏家としては好ましくない環境でやってきて、

大成したわけでもないが

未だに諦めがつかない程、私の好きなことである。

私が伝えたいことは、

今、好きなことが本当にずっと好きなことであるかを確認する方法はない。

しかし嫌いなことでも好きになるチャンスは

意外なところに潜んでいることがある。

13年間捨て続けていた選択肢が

急に魅力的に見えたのだから。

そんなきっかけは

過去の経験がなければ、絶対に舞い降りてこない。

決して苦手なこと、嫌いなことでも何でもいいからを今からでも始めろ!

と、言いたいのではない。

嫌いが好きに転換するほどの衝撃が存在するのだから

少しでも興味を持ったらやってみることが大切である。

さもなければ一生、これほどのチャンスは

あなたには巡ってこない。

だって、チャンス自体が存在しても

あなたはそのリングにさえ上がれていないのだから。

あなたに声がかかる訳がない。

むしろ、行動しないこと自体が声をかけないでくれと

言っているようなものである。

私はこの夢を叶えるために会社を辞めた。

自分の力で、叶えるための方法を散々考え、

今、それを実行しているのである。

両親は私に種を与え、芽になるまで育ててくれた。

これ以上力を借りたくない。

私を知っている人は

「また、胡散臭いことしてる」

と思うだろう。

自分でもわかっている。

これ以外に条件を満たしながら

夢を叶える方法が見当たらなかった。

だいぶ遠回りをしていることも重々承知している。

私が今まで生きてきた人生の中で

生じた条件だから仕方がない。

就活から会社を辞めたところまでは順調である。

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