AIに心動かされるときは来るのだろうか。

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先日免許の更新に行って参りました。

面白いね。

いろんな人がいるんだなって

区役所とかの行政機関に行くと

本当に実感するね。

あれだけ、いろんな人が入り雑じる場所って数少ないと思う。

特に関心を持ったのは

献血の案内人。

よく看板もって、

「血が足りません。輸血で助かる命があります」ってただただ言ってるだけの人いるじゃん?

喋るっていう意味では同職なので

ちょっと思うところがありますよね。

早速表題の件ですが

人間の心を揺さぶるのはやっぱり感情豊かな人間なのではないかと思うんです。

スピーカーのように感情が込もってない、決まったセリフを繰り返すだけの人に耳を傾けようとは、そう思わない。

献血の数を増やすために人を雇ってるのに、

そんな喋り方のおかげで結果が伴わないなら、

スピーカーと質の高い音源を用意した方がよっぽど安上がり。

生身の人間に期待することは、機械では代わりがきかない仕事をやってのけることではないでしょうか。

AIに心動かされるときはくるのだろうか。

よくある話なんだけど、

労働のすべてを機械やロボットがやってくれて、そのおかげで収入が生まれるとしたら、人間は何をするのでしょうか。

バスケットボール選手だって

バスケするのが仕事ですから、

それもロボットに代わったら、単なるロボットの玉入れですよね。

スポーツビジネスは壊滅でしょうね。

それか全ての競技が賞金稼ぎに走るか。

ロボットが働いてる間、なにします?

寝る?なんか食べる?買い物する?

きっと暇すぎて人生つまらなくなるでしょうね。

仮にAIに心動かされるようになったら

もう人間は人工知能に支配されます。

人間が働くにも人工知能を使い、

給料も人工知能によって左右され

将来の夢や生きる目標なんかもすべて

AIによって観桜を揺さぶられ

決断するのですから。

それこそ人間が家畜のような存在になるのではないでしょうか。

人間には対人間にしかできないことがあります。

感情があるからこそ、相手の感情がわかり

仲のいい人間が集まるからこそ楽しいことだってあります。

輸血なんかも生きた人間じゃないとできないから

今だに献血しているのです。(人工的な血っていうのもあった気がしますが。)

血を集めるためには献血に前向きな人のみではなく

献血したことない人や軽視している人に

如何に興味を持ってもらって、血を分けてもらうか。

この過程が必要にも関わらず、作業的に声を出すだけでは

心揺さぶられませんよね。

それこそ献血を、輸血で助かる命を軽視していると

捉えられても仕方ありません。

この感情を揺さぶり、感情に訴え、考えを改めさせる

考え直させることが人間の御業ではないでしょうか。

合理的なことはもちろんAIのほうが適しているでしょう。

主観なしに得られたデータほど信憑性があるものはないですからね。

しかし、そのデータをただ提示するだけでは

誰も見向きはしません

物は言い様とはよく言いますが、

人がどのように話したかってのがとても重要。

正直、言語の世界って曲学阿世って言葉があるほど

同じ根拠があっても、正反対な意思を持つことさえ出来てしまいます。

ならば、どの人の話が最もしっくりくるか。

どれだけの人が信用支持しているか

まるで扇動家のいる時代のようですが

民主主義ってそういうものですよね。

感情を動かし、人を動かすのは、結局人なんです。

誤った判断をするのも人間です(ヒューマンエラー)

そんな状態を避けようと対策するのも人間。

今までになかった画期的な案を出すのも人間。

ここをAIに奪われてはおしまいです。

もっと人間らしく生活し、行動することが

仕事においても大切だと考えます。

だから私は販売がやめられない。

なんて思ったりもしてます。笑

久しぶりに真面目なこと書いた気がします。笑

今日はこの辺で。


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